酒井 基宏さん(浜田市地域おこし協力隊)
浜田市地域おこし協力隊(2025年11月~)として弥栄町のふるさと体験村を拠点に、「また帰ってきたくなる場所」づくりを地域の皆さんと一緒に進めている酒井基宏さん。
酒井さんが地域おこし協力隊としてどのような思いで、どのような活動をされているのか、お話をお伺いしました。

―なぜ浜田(弥栄)に来ようと思ったのですか?浜田(弥栄)へ来たきっかけを教えてください。
これまで私は東京を拠点に生活し、振り返れば長い間いわゆる“都市型”の仕事や暮らしをしてきたと思います。ある時、自分の中に突然、「何が起こっても、生きていける力が欲しい」という思いが強く沸き起こりました。
便利な社会の中では、お金を払えば、暮らしに必要なものの多くを手に入れることができます。でも、もしその仕組みが当たり前ではなくなった時、自分には何ができるのだろう。そんなことを考えるようになりました。
「便利さとは別の豊かさとは何だろう」「自分の手で生きるとは、どういうことだろう」そんな問いが大きくなり、その力を少しずつ身につけていくために、暮らす場所そのものを変えてみようと思い始めたのがきっかけでした。
地方への移住を検討した時、【彌榮】という名前の土地を探しました。【彌榮】は「ますます栄える」、「繁栄が続いていくことを願う言葉」で、以前から私の好きだった言葉です。日本には、【やさか】と読む土地がいくつかあります。その中で見つけたのが、島根県浜田市弥栄町でした。ほとんど「名前」で選んだ、と言っていいと思います。
もちろん、これは誰にでもおすすめしたい方法ではありません。
ただ私自身は、その頃から少しずつ、
「分からないことを、分からないまま受け入れてみる」「偶然や出会いに任せてみる」
「すべてを自分でコントロールしようとすることを手放してみる」
という方向へ変わっていました。
すべてを知ってから飛び込むのではなく、分からないまま飛び込んでみる。
そこで起きたことを受け取りながら、その時その時で考えていく。
弥栄への移住は、そんな生き方の延長線上にあったのだと思います。

―地域おこし協力隊としての酒井さんの活動内容を教えてください。
地域の方の思いやペースを大切にしながら、
地域に残る知識・技術・智慧と、地域の外から訪れる人をつなぎ、
暮らしを実際に体験しながら学べる場づくりに取り組んでいます。
創りたいのは、一度来て終わる観光体験だけではありません。
「また来たい」「またあの人に会いたい」
と思ってもらえる関係です。
何度か足を運び、また同じ人に会い、一緒にご飯を食べる。
そうした積み重ねの先に、いつか自然に、
「おかえり」「ただいま」と言い合えるような関係が育っていく。
その先で、
「もっとここに関わりたい」「ここで暮らしてみたい」と思う人が現れる。
そんな自然な関係を育てていきたいと思っております。
―弥栄での活動・生活の中で、驚いたことや面白いところがあれば教えてください。
「何が起こっても生きていける力を身につけたい」
そう思ってここへ来た私の周りには、その力をすでに持っている人たちが普通に暮らしていたんです。
何十年も田んぼや畑をつくってきた人。山を知っている人。季節の食材を知っている人。昔ながらの料理を受け継いできた人。家を直せる大工さんや職人さん。
本人たちにとっては、ごく普通な暮らしなのかもしれません。でも私からすると、「こんなことまでできるのか」「こんなことを知っているのか」と驚くことばかりでした。
もちろん、弥栄に来れば誰でもすぐに何でも教えてもらえる、ということではありません。私自身も、地域の方と一緒に作業をし、少しずつ関係を築く中で、いろいろなことを教えていただくようになりました。
田んぼでは植え方や水の管理を教えてもらう。古民家再生では、竹小舞や土壁づくりに触れる。食の場では、地域の方から郷土料理や季節の味を教えてもらう。
都会で暮らしていた頃なら、専門家に頼んだり、講座へ行かなければ学べなかったようなことが、ここでは人との関係の中にあります。
そして何より面白いのは、「人」です。
一緒に手を動かしていると、その人が何十年も経験してきたことや、この土地で暮らしてきたからこそ分かることが、会話の中から自然に出てきます。
食も同じです。
浜田には海の幸も山の幸もあり、地域で採れたものを、地域の方が料理してくださいます。
「これは何ですか?」「どうやって作るんですか?」「昔から食べていたんですか?」
そんな話をしながら食べると、一皿の料理の向こう側に、その土地の季節や暮らしが見えてきます。食べることが、その土地を知ることになる。暮らすことそのものが、学ぶことになる。そこが、弥栄の一番面白いところです。

(写真:地元食材を使った地域の方の手料理)
―今後の抱負を教えて下さい。
私はこれから便利さだけではなく、その土地ごとの自然や食、技術、人との関係に価値を感じる人が、もっと増えていくのではないかと思っています。
地域には、私が欲しかった生きる力をすでにたくさんの人が持っていました。
そこには、何十年もの暮らしの中で培われてきた知識、技術、そして智慧があります。
私は最初、それを自分が教えてもらいたいと思っていました。しかし、教われば教わるほど、「この智慧が、この世代だけで終わってしまったら、もったいない」と思うようになりました。
今後は、地域の方が「伝えたい」と思っていることを、無理なく次の世代へつなぐ場をつくりたいと思っています。その時に一番大切にしたいのは、「教えてくださる方の思いやペースを大切にすること」です。
外から来た私が、「これは残すべきだ」と一方的に決めるのではなく、
「これは伝えておきたい」「誰かに覚えてもらえたら嬉しい」
そんな地域の方の思いを起点にして、興味を持った人たちと一緒に学び、受け取っていきたいと思っています。
地域おこし協力隊として生活体験プログラムをつくる時も、「体験」だけで終わらせないことを大切にしています。もちろん、それぞれの体験も面白い。でも私が本当に大切にしたいのは、その向こう側にいる「人」と出会うことです。地域の方に先生になっていただき、一緒に手を動かす。体験の後には交流の時間をつくり、地域の方がつくってくださった手料理をみんなで囲む。そこで「昔はこうだったんだよ」「これは、こうすると上手くいく」そんな話が自然に始まる。私は、体験の満足度を決める大きなポイントは、「何を体験したか」だけではなく、「誰と出会ったか」「誰と話したか」だと思っています。
だから、創りたいのは、一度来て終わる観光体験だけではありません。「また来たい」「またあの人に会いたい」と思ってもらえる関係です。
何度か足を運び、また同じ人に会い、一緒にご飯を食べる。
そうした積み重ねの先に、いつか自然に、
「おかえり」「ただいま」と言い合えるような関係が育っていったら、とても嬉しいです。
まず遊びに来る。体験する。人に会う。また来る。その土地を少しずつ知っていく。
その先で、「もっとここに関わりたい」「ここで暮らしてみたい」と思う人が現れる。そんな自然な関係を育てていきたいです。
その考えを形にしている取り組みの一つが、「やさか表現大学」です。
地域の人にとっては当たり前だった暮らしの知恵や技術を、興味をもった人たちと一緒に体験し、学んでいく。誰もが何かの先生であり、だれもが何かの生徒でもある。
私自身も、まだまだ地域の方から教えてもらっている途中です。そして、それを私一人が教わり、私一人が受け継げばいいとは思っていません。
弥栄に暮らしている人も、地域の外から通ってくれる人も、関係人口としてこの土地に関わる人も。
「やってみたい」「教わってみたい」「これを残していきたい」
そう思う人たちが、それぞれのできる形で関わっていけたらと思っています。
田んぼを学ぶ人がいる。郷土料理を教わる人がいる。古民家を直す技術に触れる人がいる。地域の人の話を記録する人がいる。
そして、教わった人が、いつか次の誰かへ伝えていく。誰か一人が背負って残すのではなく、たくさんの人が少しずつ受け取っていく。
教えてくださる方の思いやペースを大切にしながら、地域の方が「伝えたい」と思っていることを、地域の内と外にいるみんなで学び、無理なく次の世代へつないでいく。
この土地で教わっているものを、興味を持ったみんなと一緒に学び、次へ渡していきたい。
そんな場を育てていくことが、これから私が弥栄でやっていきたいことです。

(2026.07.21取材)
やさか表現大学 https://www.iyasaka-u.com/
彌榮倶楽部Instagram https://www.instagram.com/iyasaka_club/
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